60cm

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彼女は、僕を待っていてくれるようになってね。 僕が『太平洋のいきものたち』コーナーに現れると、ガラスの手前で手を振ってくれるんだ。 僕も手を振り返して、それからクロッキー帳を広げるのさ。 鉛筆を握って、巨大水槽を眺める。 今日は何を書こうなんて、考える必要はない。 彼女の一挙手一投足が、至極のモチーフだった。 彼女はいろんな姿を見せてくれたから、描き厭きることはなかった。 水中カメラを持ちゴーグルをかけタンクを背負ったフル装備のダイバー姿のときもあれば、ウエットスーツだけを着て金色の髪をなびかせて泳ぐ姿のときもある。 そして、一糸まとわぬ姿で水の流れに身を任せていることもある。 そんなときは、ちょっと目のやり場に困るけど。 でも、すべてを脱ぎ去ったその姿が、一番「人魚」に近いような気がする。 つまり、とびきり美しいってこと。 どうだい、行雄も彼女に会ってみたくなったろう?  でも君には、僕と同じ力はないんだよね。 残念だ。 よかったら、僕のクロッキー帳を見るといい。
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