60cm

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部屋の、デスクの上に並んでいる。 つい先日まで描き貯めた、三冊のクロッキー帳。 彼女がどれだけ美しいか、わかってもらえるはずだよ。 ただし、僕の腕前では、その美しさは60%も現せていない。 本物の美しさは、推して知るべしだ。 僕たちは、会話をすることができた。 限定的だけどね。 ダイビングで使用する、ハンドシグナルというものがある。 水中で会話ができないダイバーは、身振り手振りで状況を知らせるんだ。 喉元で手のひらを横に動かすと「エアがない」、耳に指をさすと「耳抜きができない」なんて感じで。 平日の昼間なんかは来館者が少なくて、ごくたまには『太平洋のいきものたち』コーナーが貸しきり状態だったりもする。 そんなとき、僕たちは心置きなく会話を楽しめるんだ。 彼女は自身の胸に指をさす「私を見てください」。 僕は人差し指と親指で円をつくる「わかった」。 彼女は胸元に手を添える仕草「こっちへ来てください」。 僕は水槽に近づく。 彼女は親指を左側へ向ける「あちらへいきましょう」。
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