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その光景は、異様だったよ。
水槽の中で裸の女性が泳いでいるんだ。
なぜ? どうして? 水族館の演出? それとも彼女が勝手に飛び込んだ?
しかも、そんな彼女の姿に、他の誰も驚いていないなんて。
僕が首を傾げていると、彼女は突然消えたんだ。
ジンベイザメと衝突しそうになった瞬間、彼女の姿は青い水に溶けてなくなった。
ふっと消滅した。
ジンベイザメの影に隠れたわけじゃない。
どこを見回しても、水槽の中に彼女を姿を見つけられなかった。
そこでようやくわかったんだ、彼女がこの世のものじゃないんだって。
行雄は覚えているよね。
大学時代、君が一年生のときに借りていた下宿先へは、僕は一度行ったっきり二度と足を踏み入れなかった。
あの部屋の押入れの中で、うずくまってうめき声をあげる老婆がいるからって。
君は半信半疑だったけど、僕の忠告を受け入れてくれたよね。
それ以外にも、県境のトンネルや海辺の松林での出来事は、今思い出しても背筋が凍るよ。
そう。
僕にはそういったものを見る力がある。
聞く力がある。感じる力がある。
だから、僕には見えたんだ。
僕だけに見えたんだ、彼女の姿が。
巨大水槽の中を泳ぐ、美しいあの世の人。
僕は、彼女に出会ってしまったのさ。
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