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ならば、僕にできることはひとつだ。
急かされるようにバッグからクロッキー帳を取り出す。
グラファイト鉛筆で、彼女の姿をスケッチする。
僕の手は、迷わず動いた。
細く、太く、繊細で力強い線で、水流になびく金色の髪を描く。
高く鋭角に張り出した鼻梁はあえて線で描かず、頬と小鼻の陰影で際立たせる。
大きく開いた目は、瞼とまつ毛の生え具合で、曲面を表現した。
残念ながら閉館時間までに、彼女を描き切ることはできなかった。
その日は、館内を流れる別れのワルツに背中を押されて、後ろ髪をひかれる思いで水族館をあとにしたんだ。
君が想像するとおり、もちろん、翌日も水族館へ足を運んださ。
そして、スケッチをつづけた。
今度は、水槽の端をターンする姿を描いた。
太ももからふくらはぎ、足先に装着したフィンが力強く水を蹴る躍動感は、描きながら高揚を覚えたよ。
そして次の日も、水族館を訪れた。
知ってたかい?
マリンパーク日本海には年間パスポートがあって、たった三千七百円で何度でも入館できるんだ。
すごく、お得だろ?
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