60cm

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この日は朝の開館と同時に入ったんだ。 平日だったけど、有給休暇を使わせてもらった。 母の体調がおもわしくないといったら、教頭は素直に申請書を受理してくれたよ。 だから、心置きなく一日中彼女のスケッチに没頭できた。 昼食をとることを忘れるほどにね。 五度目の来館で、彼女は僕に気付いてくれた。 マダライルカに並走して泳いでいた彼女は、不意に泳ぎをやめてね。 水槽のガラスにへばりつくようにして、館内をうかがい始めた。 通路の隅でクロッキー帳を抱えていた僕は、彼女と目が合った気がしてさ、おもむろに片手をあげてみたんだ。 すると、どうだろう。 彼女も手をあげ返してくれたんだよ! 彼女には、僕が見えている! そんな些細な挨拶が、奇跡の出来事に思えたよ。 僕は調子に乗ってね、今描いていたクロッキー帳を、彼女の方へ向けたんだ。 マダライルカと戯れる、彼女の姿。 水槽の中からでは、館内は暗くてよく見えなかったのかもしれない。 彼女はしばらく目を細めたり、顔の位置を上下させたりして、ようやく描かれているものがわかったらしい。
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