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この日は朝の開館と同時に入ったんだ。
平日だったけど、有給休暇を使わせてもらった。
母の体調がおもわしくないといったら、教頭は素直に申請書を受理してくれたよ。
だから、心置きなく一日中彼女のスケッチに没頭できた。
昼食をとることを忘れるほどにね。
五度目の来館で、彼女は僕に気付いてくれた。
マダライルカに並走して泳いでいた彼女は、不意に泳ぎをやめてね。
水槽のガラスにへばりつくようにして、館内をうかがい始めた。
通路の隅でクロッキー帳を抱えていた僕は、彼女と目が合った気がしてさ、おもむろに片手をあげてみたんだ。
すると、どうだろう。
彼女も手をあげ返してくれたんだよ!
彼女には、僕が見えている!
そんな些細な挨拶が、奇跡の出来事に思えたよ。
僕は調子に乗ってね、今描いていたクロッキー帳を、彼女の方へ向けたんだ。
マダライルカと戯れる、彼女の姿。
水槽の中からでは、館内は暗くてよく見えなかったのかもしれない。
彼女はしばらく目を細めたり、顔の位置を上下させたりして、ようやく描かれているものがわかったらしい。
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