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橘君は毎朝七時に平塚神社に参拝するという生活を一年前からずっと続けている。必死で自転車をこいでいたのは、うっかり二度寝してしまったせいである。雨が降っても、風が吹いても、不測の事態が起こっても、一日も欠かすことなく、時間どおりに参拝するのである。
そんな彼の姿を見て、老齢の神主は「ナウなヤングにしては珍しい」と感心し、境内の掃除をしている近所の中年女性は「病気の家族でもいるのかしらん」と心配し、たまに巫女さんのアルバイトをしている女子大生は「なんだか気持ちが悪い」と気味悪がっていた。
今、この女子大生に対して「なんて酷いやつだ。これだから最近の若者は駄目なんだ。恥を知れ!」とお怒りになった方々がいるかもしれない。どうどう、落ち着きたまえ。それはまったくもって早計である。
彼女は海藻のような天然パーマや牛乳瓶の底みたいな眼鏡、作務衣に下駄という橘君の風貌を見て、彼のことを気持ち悪いと思ったわけではない。いや、まったく思わなかったわけではないが、それらは些細なことであった。
彼女はその繊細かつ鋭敏なる洞察眼をもって、無意識のうちに橘君の本性を見抜いていたのである。
どういうことか。
毎朝欠かすことなく神社に通いつづける健気な青年が、高潔なことを願っているとは限らないということである。
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