第一章

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「付き合って」「いやよ」と君が言ったから七月七日は失恋記念日。  二月十四日も失恋記念日。十二月二十四日とその翌日も失恋記念日。中学校の卒業式の日も、高校の文化祭の日も、特にイベントがない日も失恋記念日である。彼のカレンダーには失恋記念日が溢れんばかりになっている。  しかし、彼は悲観していなかった。小学生のころは「中学生になれば彼女ができる」と思っていたし、中学生のころは「高校生になれば彼女ができる」と思っていたし、高校生のころは「大学生になれば彼女ができる」と思っていた。  果たして、大学生になって彼女ができたのか。  果たせる哉、できなかった。 「何故、僕には恋人ができないのか。ここの不細工も、そこの不細工も、あそこの不細工も、阿呆みたいに鼻の下を伸ばし、恋人と腕を絡ませ、肩を寄せ合いながら、天下の往来を闊歩しているではないか」  橘君は三四郎池のほとりに立ち、ひとり大粒の涙を流したのであった。 「何か行動を起こさなければならぬ!」  もはや「社会人になれば彼女ができる」などと安心することはできなかった。東京都北区上中里二丁目のとあるアパートの一室、粗大ゴミの日に拾ってきた年代物の椅子に腰を落ちつけると、橘君は思考の海へと沈んでいった。  右足の先を左足の大腿部にのせ、右足の膝頭に右肘をつき、その指先を右頬にあてた姿勢は、まさしく半跏思惟像そのものである。橘君は何かを考えるとき、広隆寺の「宝冠弥勒」か、もしくはロダンの「考える人」の姿勢をとる。そうすると思考が捗るような気がしたからだ。実際に効果があったのかは分からない。きっと効果はなかった。
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