第1章

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「奧に人、入ったよね」 「声、聞こえたよね」 二人は顔を見合わせた。 「きゃあああああああ!」 音楽室前で待っていた女子生徒が驚き、一斉に振り向く。そこに蒼白な顔をした生徒が駆け込んできた。 「今、トイレから誰か出てきた?」 「誰も。あんたたちだけだよ」 「そうそう、あんたたちの後に誰か入ったようだけど」 「マジで?」 出てきた生徒の顔色がさらに悪くなる。 「確かに誰かが水っていいながら、一番奥の個室に入って、カギを閉めたみたいなんだけど……」 「個室出て、見てみたら誰もいないんだよ……」 「うっそー」 「嘘じゃないよ!」 「じゃあさっき入っていったのは何?」 トイレで声と物音を聞いた生徒は半泣き状態。 人が入ったように感じた生徒も困惑するばかり。 ……パタパタパタパタ……パタパタ…… そのとき突然、誰かが廊下を走り去る足音。生徒たちの言い争いがピタッと止まる。 恐る恐るそちらに眼を向けるが、遠ざかる足音の主は見当たらず、夏の西陽の差す長い廊下が続いているだけ…… ? この日から、放課後、音楽室前のトイレを使う女子生徒はいなくなった。そして、この小学校の怪談がひとつ増えたのである。 ……これは体験した友人から、在学中、自分が直接聞いた話。学生の頃は語ることもあったが、正直しばらく忘れていた。 思い出したきっかけは、戦後70年関連の番組を観ていた時である。 爆撃の炎、熱さを避けるため、河川に殺到した被災者。そこで命を落とした方は、かなりの数に上ったという。 自分の通った小学校のそばには川がある。戦時中、上流の街では大きな空襲があり、多くの方がそこで亡くなっている。 番組を観ながら、ふと思い出した。 「あの時、水を求めていたのは、あの空襲の被災者の方だったのではないか」と…… 小学校は今も同じ場所にあり、後輩たちが元気に通っている。 あの声と足音は、まだ聞こえているのだろうか? それとも……
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