第1章

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「今この目の前にね、綺麗な湖が出現したとしたら、私迷わず頭から飛び込むわよ」  そう言って恍惚とした表情浮かべる妻を、俺は「ヘン」と鼻で笑う。 「飛び込むって無理だろ。お前泳げないじゃん。溺れるぞ」 「私が溺れたらあなた、助けてくれないの?」  妻は試すような眼差しを俺に向けた。  彼女は幼い頃、プールで溺れた経験があるらしく、それ以来泳げなくなってしまったそうだ。実際に妻が溺れた場面に遭遇したことはないが、そうなった場面を想像してみる。 「もちろん、助けるさ。決まってるだろう」  とりあえず、口ではそう言っておいた。  答えるまでに間があったせいか、「ほんとに?」と妻は懐疑的な目で俺を見る。  正直なところ、そうするかどうか今の俺には分からない。俺たちの置かれた現状が、湖が現れたらと言う設定とあまりにもかけ離れているからだ。 「ほんとうだよ……」  投げやりに言って、俺は辺りに視線を向けた。  乾いた大地が延々と続く。目に入るのは岩山と……岩山と……岩山だけだ。潤いを感じさせるものは何もない。
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