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「は?」と目を丸めた俺に、彼は余裕の笑みを見せる。
「だが心配することはない。すぐ近くに水場がある。もう少し休んでからそこに向かおう」
「こんなところに水があるのか?」
「ああ」と肯いて青年はある方向を指差す。
「あっちにね」
そちらに目を向けて気づいた。それは妻が去っていった方向だ。そうだ、妻だ。彼女を追わなければ……と思うものの、青年の言葉が確かなら、妻が進んだ先には水場があるのだ。きっとそこにたどり着いていることだろう。それならばなぜ彼女は戻ってこない。水を見つけたのならそれを俺の元まで持ってくるべきではないのか。しかし、妻が去ったほうをじっと見ても戻ってくる気配はない。つまり、彼女は俺を見捨てたのだ。もしも青年が通りかからなかったら、俺はここで野たれ死んでいた。
「あの女め……」
思わずこぼれた俺の言葉に、青年が「はい?」と目を向ける。
「いや、なんでもないんだ……」
ごまかすように俺は曖昧に笑って見せた。
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