成人モラトリアム

2/3
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
「よう、丸岡。久しぶりだな」 「おう武藤。久しぶり」  8月30日。風が肌の上を滑っていく。涼しい。それは秋の訪れを示すと同時に、夏の終わりも告げていた。  夜の始まりが近くなり、午後7時にもなるともう日が沈みかけている。  丸岡は高校時代からの友人だ。この前会ったのは成人式の同窓会だった。  再会の挨拶もほどほどにして、飲み屋へと向かった。安い上に、旨いと評判の焼き鳥屋だ。  カウンター席に座り二人ともビールを頼んだ。  酒が進むにつれて時間の壁はすぐになくなり、高校時代や今の生活についての話に花が咲いた。 「丸岡、お前少し太ったんじゃないのか」 「ああ。最近の晩飯がカップラーメンに、ビールだからな」  ぽんぽんと自分の腹を叩きながら丸岡は言った。 「お前まだ彼女出来てないのか」 「そういう武藤もだろ」  名推理だ、と言ってやると丸岡は大きく口をあけて笑った。  こういう風にからかいあえる会話は久しぶりだった。 「仕事が忙しくてな。そんな余裕もないんだよ」 「俺もだ」  丸岡はコップを一気にあおり、店員に焼酎を注文した。 「おい、ペース早くないか」 「大丈夫だよ」  丸岡はろれつが回ってない口調で言った。丸岡はそれほど酒に強くなかったはずだ。  1回、2回、3回。ズボンの中でスマホが震えている。着信か? 「ままならねえよな!」  丸岡が急に叫んだ。だいぶ酒がまわっているようだ。 「ままならねえよ! ちくしょう!!」 「おい、あんま大声出すなよ」 「なあ、武藤。お前小学校のとき、将来の夢なんだった?」 「はあ?」 店員が焼酎を持ってきた。丸岡はすぐにそれをあおった。 「俺は小学生のときサッカーやってたんだよ。だからJリーグの選手になりたかった。日本代表になって、メッシとかロナウドと戦うつもりでさあ」  涙声になりながら丸岡は続けた。 「でも今の有様はなんだよ。ただ親に言われるがままに就職してさ。会社に入れたのはいいけど、小さい会社でよ、あほみたいな上司にくそみたいにこき使われて、それに彼女もできてないし」 「ああ」 「俺いま大人になってると思うか。ちくしょう。こんなはずじゃなかったんだ。こんなはずじゃ……」  そう言いながら丸岡はテーブルに突っ伏した。ちくしょう、こんなはずじゃを繰り返している。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!