成人モラトリアム

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完全に酔いつぶれているようだった。 仕方がないので支払いを済ませ、タクシーを呼んでやった。 「夢か……」  丸岡にタクシーに乗せたあと、物思いに耽っていた。  またケータイが震えていたので、ポケットから取り出した。 「渡辺さん」 「武藤さん! 仕事ですよ! 緊急事態です! また奴らが現れました」 「場所は?」 「武藤さんの位置から約500mの地点です! ナビします」 「了解」  上着の下にはめていたベルトのボタンを押した。視界がまばゆい光に包まれた。ここに一種の異次元空間が形成される。 「変身!」  俺の掛け声に反応して、物質が具現化する。足、腕、胴の順に特殊チタン合金装備STAに覆われ、最後に現れた仮面を自分の顔に装着した。  異次元空間が光る粒状のエネルギーを残しながら消えていく。夜の闇に光の残滓が漂った。 「武藤さん、マップデータを送ります! 急いで! ジョッガーが暴れはじめました」  仮面の無線機から渡辺さんの声が響く。 「わかった」  この仕事はつい1ヶ月ほど前から始めた。駄目もとで応募したら、運よく適正試験に合格。仕事内容はもちろん他言無用だ。  ヒーロー。俺が小学生のころの夢だった。 俺の夢は偶然叶った。   さっきの丸岡の姿が頭の中をよぎった。だが丸岡は違う。  どうしても我慢できず、聞いてみた。 「渡辺さん、夢ってなんですか」 「そんなものに拘るやつはあほです」  仕事してください、と渡辺さんは続けた。厳しい意見だった。  でも所詮そんなものかもしれない。
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