或る日の話

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「お隣、よろしいですか?」 頭上からの可愛らしい声に、顔を上げる。礼儀正しい人。そう思いながら、答えた。 「どうぞ」 「ありがとうございます」 そう言うと彼女は座った。失礼だとは思ったが、この山中に人がいる物珍しさも手伝って彼女を見た。一言でいうなら、綺麗な人だ。 あまり見ていては失礼か。目線を膝に向ける。そこに何があるというわけではない。ただ自分でも馬鹿みたいに心臓がうるさいし、少しだけ顔が赤いのが分かった。 少し考えて、その理由が分かった。たった今、喋っただけの赤の他人にこんな感情を抱くのか。目を背けようが、彼女の姿は鮮明に思い浮かぶ。艶やかな黒髪、清楚感漂うセーラー服、日に焼けていない白い肌。清楚な人と言えばそれで終わる。それで終われそうではなかったが。 * バスが来た。すべての音にかき消される今ならいいだろう。名も知らぬ彼女の背に、こう呟いた。 「……好きです」
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