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とても困った。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
そばで犬が私の顔を見上げながら、ずっとついてくる。
「もう、勘弁してくれよ」
犬は目を輝かせて、一心に私を追ってくる。
「よし!」
振り切るつもりで走ってみたが、犬の足には敵わない。
すぐに息が切れてしまった。
「はぁ、はぁ…。もう、タクシーに乗ろうかなあ?」
* * *
「ただいま」
玄関の扉を開けると、妻の由香里が出迎えてくれた。
「お帰りなさい。どうしたの、汗だくじゃない?」
「うん、ちょっといろいろあってね」
「先にお風呂入る?」
「いや、ご飯から食べる」
「わかった。すぐ用意するわね」
「翔太は、もう帰ってる?」
「今は塾に行っているわよ。十時くらいに帰るかしら。何か用事?」
「いや、別に」
帰りは十時か。あと一時間。
それまでには、玄関前にいる犬もどこかへ行っているだろう。
* * *
玄関の扉が勢いよく開いた。
「お母さん、玄関に犬がいるよ!見てみて」
翔太は家に帰るなり、由香里の手を取って玄関から外へ連れて行った。
「あらら、本当ね。どこの子かしら」
「お父さん、お父さんも来て」
玄関の外にでると、犬は変わらずに私をまっすぐに見つめた。
「ねえねえ、お父さん。お腹空いてないかなぁ」
「そうだなぁ。迷い犬だったら、お腹空いているだろうね」
「お母さん、何か食べられるものない?」
「食べられるものねえ。ちょっと探してみるわね」
そう言うと、由香里は家の中へと戻っていった。
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