あの日の君に、ごめんなさい

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うちの学校のプールには、苛められて溺れ死んだ男の子の幽霊が化けて出る。 最近の生徒たちの間では、もっぱらそのことが噂だった。 夏になると毎年流れる噂だ。三年間教師をやっているが、夏が近づくと決まって生徒の誰かが「男の子の幽霊を見た」と言って騒ぎ出す。 脚がなかっただの、すけていただの、泣いていただの、校内を駆け巡る噂は尾ひれをつけて爆走していく。 「市ヶ谷先生どうにかしてくださいよ」と、担任を持つクラスの古尾という女子がうんざりしながら言ってきた。 どうやら怖いもの見たさの女子グループに、肝試しに参加するよう呼びかけられたらしい。本人は丁寧に優しく断っていたが、幽霊話に盛り上がる女子たちを煩わしそうに見ていたのを覚えている。 幽霊ごとにはもう勘弁です、とぼやく彼女の横顔はなんだか愁いを帯びていた。 確かに俺も、その幽霊とやらに逢って話がしたかった。 回りくどいことが嫌いな性格だ。日直当番の日に、見回りと称して夜のプールに忍び込むつもりでいた。 …いたのだが。 頭上には珍しく雲がかかっていない、爛々と輝く金色の満月。 急に木々から飛び立っていく烏に、無意識に肩が震えた。 「…怖すぎかよ……」 俺は今、件のプールの門の前に立っていた。 夜の学校というのは、存外成人した大人でも怖い。辺り一面薄暗く、頼りになるのは今手に持っている小ぶりの懐中電灯の光だけだ。 此処のプールはとても古い。門も錆びついていて、手で押しあけるとギィィっと錆びた音がし、触れた掌が鉄臭くなってしまった。 顔を顰め乍ら鍵をポケットにしまい、懐中電灯で足元を照らす。 どうにも汚く裸足になる気にもなれず、サンダルをつっかけたまま中に入った。 「うう~…なんでこんな汚いんだ…」 男子更衣室のドアノブに手をかけたとたん、風もないのに急に門が閉まる音がした。ギィィィ、ガチャン。 錆びついた音が恐怖をあおる。 「な、なんだよ…」 ぴちゃっ。 引き攣った笑いを浮かべて後ろに後ずさると、足元で水の音がする。 水? ふと懐中電灯で足元を白く照らせば、タイルの床がしとしとと水浸しになっていた。誰のものとも分からない髪の毛が水に浮いている。 「うわっ」 いつの間に? 入った時はカピカピに乾いていた筈だ。 「水漏れ…か?」 水道管のどこかが壊れたのだろうか。それにしてはタイミングが良すぎではないだろうか。
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