あの日の君に、ごめんなさい

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首筋に鳥肌が立つ。ホラー映画の見すぎかもしれないが、何かどこかが可笑しい気がした。 どくどくと早く脈打つ心臓を押さえつけ、震える手で錆びたドアノブを捻って中に入った。 「コツンッ」 「……ん?」 少し塩素の匂いがする更衣室。音がした奥の方へゆっくり光を当ててみた。 履き古されたローファーである。しかも片足だけ。 つま先の方は色がくすみ、よくよく見れば何かマジックで落書きされているのをこすり落とした痕がある。 落とし物としては考えられない。 生徒はプールの前のスペースに皆靴を脱いでいくので、更衣室まで靴を履く奴なんていない。 不審に思ってそろそろと手を伸ばす。 靴の中をのぞき込むと、中の側面にクラス番号と名前が書かれていた。 「―――ヒッ…!!!」 思わずそれを奥へと投げ捨てる。 薄れたマジックで刻まれていた持ち主の名前は。 『2年A組 神田健吾』 俺の、高校時代のクラスメイトのものだったからだ。 脳裏に記憶が流れ出す。 『イチ、なんで…?』『死にたい』『イチには分かるわけねぇだろ』 一時も忘れたことの無いあの声、あの泣き顔、あの後ろ姿。 「っなんで!」 恐ろしくなって、逃げ出すように更衣室を飛び出した。 やっぱり、やっぱり噂の男子生徒の霊というのは、健吾のことなのか。 帰ろう、今度また誰かを連れてきて来よう。今日はもうだめだ。 様々なことを考えながら門まで早歩きで向かう。 しかし、何故か閉まっていた門はびくともしなかった。 「…どうして……」 見ると、鍵穴にはごっそりと黒い髪の毛が詰め込まれている。俺がガンガンと揺らしたせいで、その髪の毛が二三本足元にはらりと落ちた。 「~~~っ!!」 気持ち悪くなって手を門から離す。なんだこれは、どうしてこんなことに。 『イチ、バイバイ』 「うるさい、黙れっ」 耳をふさいでプールサイドへ走る。フェンスを登って外に出ようと思ったのだ。
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