§ 第1章 二つの波 §

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                  英賀谷カンナ 「次は英賀谷(えがたに)内科医院前。お降りの方はブザーを押して下さい」バスのアナウンスが流れた。カンナは座席の上のブザーを押して抱えていた鞄を肩に掛けると、和菓子の箱を床と平行にして中身を気遣いながら降りた。  バス停からカンナの家までは目と鼻の先。  英賀谷内科医院の外観は白い壁に青い縁の窓が印象的。まるで異人館を思わせ人目を惹いた。医院長はカンナの伯父でカンナの苗字も同じく英賀谷だった。 「ただいま帰りました」カンナは荷物をそっと玄関に置き靴を脱いできちんと揃えた。どこの誰かと大違いである。 「お帰りなさいませ」お手伝いの真理さんが迎えてくれた。 「母はどこかしら?」 「奥様ならお庭でございます」 「真理さん。有難うございます」  カンナは和菓子を台所の食卓に置いて階段を上がり自分の部屋へ鞄を置くとすぐに母の元へ駆けた。 「ただいま帰りました。和菓子を買ってきました」 「あら。お帰りなさい」  母は小さなため息をついた。 「もう少し女らしくなさいな。家の中は静かに歩くのです」  カンナは他界した姉と違ってちっともお淑やかでない。そのことは母の口癖であったけれど、やはりカンナはカンナだった。とは言うものの高校では可能な限りお淑やかにしていた。  カンナの祖父は東部学園高校の理事長。しかしながら同居をしていたわけではない。だから殆どの生徒に知られずカンナは平凡に高校生活を送っていた。 「カンナ。仏様にお供えしてくれるかしら?」  カンナは和菓子箱から桜餡蜜を一つ取り出し仏壇に置いて線香を一本供えた。 「ご先祖さま。お姉さま。桜餡蜜でございます。私がお遣いして勘太郎へ行って参りました。急いで家に戻ったので見ておりませんが、杜若公園はさぞかし花が綺麗に咲いていると思います。春の香りと一緒にどうぞお召し上がり下さい」カンナは静かに両手を合わせた。  カンナは二階の部屋へ戻り制服を脱いだ。それから荷物の整理を始め空の紙袋をぺしゃんこにしたらボコッと何か手に当たった。カンナは袋に手を入れた。 「スーパーボールだわ。これはあの男子のだわ。えっと名前何だっけ?」  あら。名前を覚えていないとは。女子に人気の多智花。アイドル的多智花はカンナにとって、どうやらかなり薄い存在だった。彼は今頃くしゃみをしているかもしれない……
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