第1章

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「ね、どこに行くの?」  自転車の荷台に跨って、運転手に私は問いかける。舗装されていないあぜ道は時折私たちの身体を大きく揺さぶる。そのたびに、彼の銀色の麦わら帽子は上下に動いた。 「橘さんが知らない、いいところ!」  蝶谷君は片手に虫取り網を、自転車の前かごには大きな虫カゴを入れていたから、私には何となく行き先がわかっていた。どうせ蝶を捕まえに行くんだ。  蝶谷君は中学二年生。私より二歳年下で、地元では一番年の近い唯一の友達だ。この山に囲まれた小さな村には、蝶谷君くらいしか一緒に遊ぶ子がいない。私たち以外の子供は五歳以下が数人しかいないし、年上は成人している人しかいない。過疎化真っただ中のド田舎だ。  だから私たちはいつも一緒にいる。 「駅に行こうよ。山向こうの駅が改装して、お店がいっぱい増えたんだよ。」 「また今度ね!そうだ、これ見て!」  前を向いたまま、蝶谷君は丸めた雑誌を私に突き出した。ポケットに入れてたのかクシャクシャになっている。手でしわを伸ばして、スミが折られているページをめくると、蝶谷君の写真が載っていた。今と同じ銀の麦わら帽子をかぶって、両手で誇らしげに蝶の標本を掲げている。 「雑誌に載ったの?すごいね。」  私が素直に感心していると、グン、と自転車のスピードが上がった。蝶谷君は妙に首を捻っている。照れているんだろう。  本の表紙を見ると、『蝶』という漢字がおしゃれなフォントででかでかと印刷されていた。蝶専門誌。ニッチだ。 「これは、大きなパンダ蝶を捕まえたって記事?」  私の地元にはちょっと変わった蝶がいる。日本にはここにしか生息していないとか、幼虫やさなぎがまだ発見されていないとか、その手の人間にはとても有名な蝶らしい。  蝶谷君の家はお爺さんの代からその蝶の研究をしている博士な家だ。蝶谷君も後を継ぐつもりだと言う。お父さんはそんなつもりはなかったらしくて、蝶以外にも色々な動物が蝶谷君の家にはいた。ハムスターとか金魚とか犬とか猫とか。でも蝶谷君は蝶が好きになった。多分、血なんだと思う。 「そう。だけど、模様もすごいよ!」  
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