第1章

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そう言われて、私はもう一度蝶谷君の写真のページを開いた。  パンダ蝶、というのは私が勝手につけた名前だ。本当はもっと長ったらしい名前があるのだけど、全然覚えられない。大きな羽にある白と黒のまだら模様がパンダみたいに見えるからパンダ蝶。そっちの方がずっと覚えやすい。  そんなパンダ蝶だけれど、そのまだらの加減は蝶によって全然違って、どれ一つとして同じ模様はないらしい。説明するのは難しいけれど、ロールシャッハテストに近いと思う。それは白と黒のまだら模様が自分にはどう見えてるのか説明する心理テストみたいなもので、パンダ蝶の羽はそのテストで使う模様にそっくりだ。私がタイヤキに見える模様を、蝶谷君は富士山に見えたりする。その不思議な模様も、この蝶がマニアに人気な理由の一つらしい。  蝶谷君はたくさんの標本を持っている。私もよく見せてもらった。それらの蝶の羽はみんな、ハムスターとか金魚とか犬とか猫とかに見えて、とても不思議で奇麗だった。そんな珍しい模様の標本は高いらしくて、たかが蝶にその値段がつくのかとびっくりしたのを覚えている。  雑誌に載っているパンダ蝶の羽は、女の人の横顔に似ていた。 「…蝶谷君のお母さんに似てるね?」  蝶谷君のお母さんは先月亡くなった。原因はわからないけど、事故だったらしい。私は生まれてはじめてお葬式というものに参加した。その時に見た遺影に、その蝶はそっくりに見えた。 「橘さんにもそう見える?一度逃がしちゃったから頑張って捕まえたんだよ。お父さんの友達にも似てるって言われて、それで雑誌に載せてくれたんだ。」  蝶谷君は興奮して早口でそう言った。羽の模様はとても優しそうな微笑みを浮かべている。  お母さんの生まれ変わりなのかもね、と言いかけて私は口を閉じた。生まれ変わりだとしたら、この標本を作る時に蝶谷君はお母さんを殺して磔にしているようなものだ。それは少し、気味が悪い。 「運命かなあ。」  私はそうやって濁した感想を言った。
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