第1章

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 蝶谷君が走ると、湖の淵からひらひらと蝶が舞いあがる。それは花畑で走り回ると花びらが舞いあがるような幻想的な風景で、まるでおとぎ話の1ページのようだった。  私も淵で走り回りたいし、湖の中に飛び込んでしまいたいとも思った。蝶と湖はすごく美しかった。でも、うっかりまたドブネズミの死体を見たり、踏んでしまったりしたらと思うとその場から動くことができなかった。  田舎育ちだし、虫も蛇も平気だし、精神的にたくましい方だと思っていたけれど、哺乳類の死体はちょっと駄目だった。おとぎ話の幻想を一気に吹き飛ばすリアリティだった。   「適当に捕まえたら帰るよー。」  遠くに走っていく蝶谷君に呼びかけながら、私はなんとなくその辺の石ころを掴んで湖に投げた。ぱしゃん、と音がして蝶が飛び立つ。それは湖から飛びだしたように見えた。丸い白と黒のぶち模様。蝶の羽は今投げた石の形に少し似ているように思えた。  風が強く拭いて、数枚の木の葉が湖に落ちる。また蝶がひらひらと飛びまわりはじめる。今度は葉っぱのまだら模様。  ふと気がつくと、自分のすぐ横にも大きなパンダ蝶が羽を休めていた。大きな羽を広げて、ゆっくり開いたり閉じたりしている。黒のまだらが大きくて、ねずみのように見える。  どれもこれも模様が違うなんて、不思議だ。いや、むしろどれもこれも正確に同じ模様の方が不思議なのかな?よくわからない。  蝶の羽のはばたきについうとうとと目を閉じかけていると、遠くから蝶谷君の声が聞こえた。 「虫カゴかえせ!」  我に返った私は、声のした方へと駆けだした。
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