第1章

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 湖のちょうど反対側に蝶谷君はいて、その近くには大人の男が三人立っていた。彼の虫取り網もカゴもその大人の一人が取り上げている。蝶谷君はぴょんぴょん跳ねて取り返そうとしているけれど、全然歯が立たないようだった。 「蝶谷君!」  私が声をかけると、三人は一斉にこちらを見た。一人は首から高そうなカメラを持っていて、二人は大きな虫取り網を持っていた。  一目でわかる。蝶マニアだ。どちらも不良のような姿をしていて、少し怖い。 「蝶谷だってよ!やっぱりこいつ蝶谷博士の息子だよ!雑誌のと同じ銀色の麦わら帽子被ってるから絶対そうだと思ったんだよな~。」 「追いかけてきて大正解~。」  ぎゃははは、と嫌な大声で三人は笑っている。  パンダ蝶のせいで、ときたま村に知らない大人が来ることがあった。純粋に蝶が好きな人が多いけれど、パンダ蝶の標本の値段に目がくらんでそれを目当てに来る人もいた。今回の三人は後者にきまっている。ちゃっかり蝶谷君の虫カゴを自分のリュックにしまっていた。 「蝶谷君、行こう!もう帰ろう!」 「でも虫カゴ!」  蝶谷君は諦めきれないように私と大人たちの間で首を振っている。私はすぐに彼の腕を掴んで、自分のいた側に引っ張った。三人は私と蝶谷君を無視して、好き勝手写真を撮ったり、虫取り網を振り回す。 「珍しいって言うけど、こんなにいるんじゃん。ちょろい。」 「いっぱい捕まえて売ろうぜ。」  湖の周りで油断しているのか、パンダ蝶は簡単に捕まっていく。どうすることも出来ずに歯がゆく思っていると、カメラを取っていた一人が感心したように呟きながら、湖の淵へとしゃがみ込んだ。 「けど、こんな田舎がまだ残っていたとはなぁ~。」  奇麗だなぁ、なんて言いながら水に手を入れる。さっきのネズミの死体を思い出して鳥肌が立つけれど、男はそんなこと知るわけがないのでなんのためらいもなく湖の水を飲んだ。  ごくり、と離れていても喉の鳴る音が聞こえた。 「うまい!」 「なに?生水じゃん。腹壊すぞ。」 「すっげえうまい。天然水ってやつじゃね!?」  興奮する男に、仲間二人も同じように湖の淵へと近寄っていく。もう一口なんて言いながら、今度は手を入れずに顔を近づけている。直接飲むつもりなんだろう。  ネズミの死体見つけないかな。なんて私の呪いが通じたのか、男はああ!と大きな声を上げた。
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