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バランスを崩したらしい。
頭が湖に入ると、まるででんぐり返しをするみたいに、バシャンと大きな音を立てて体まるごと湖に落ちてしまった。
一斉に、周りの蝶が飛び立つ。
「あっはっは、ばかじゃねーの!」
水に落ちた仲間を指差して、二人はゲラゲラ笑っている。
まるで上下さかさまに、雪が空に振りだしたかのように、ふわふわと蝶がが飛ぶ。
おかしい。
「蝶谷君。」
変だよ、と私は掴んだままの蝶谷君の腕を引いた。けれど彼はじっと跳び回る蝶を見つめて動かない。
おかしい。何かが変だ。そう。水に落ちた人が、顔を出さない。
「お、おい。大丈夫か?」
「透明だから見えないか?溺れてる?」
二人がそろって湖の中を覗き込む。水面はまだ少し波立っていたけれど、お皿のように平面に戻ろうとしている。泡が立つ音もしない。
覗き込んでいた二人のうち、一人の足元が滑った。
「わああ!」
空中でぐるぐると手を回して、また湖に落ちる。ボチャン、と大きな音がする。また蝶が飛ぶ。そしてすぐ静かになる。湖からは何の音もしない。蝶がどんどん増えていく。白と黒のまだら模様の羽をはばたかせて、空へ空へと羽ばたいていく。
「逃げよう!」
空を見上げたまま動かない蝶谷君の腕をもう一度強く握って、私は駆け出した。最後に残った大人は一人、淵で座り込んでいたけれど放っておくことにした。
湖からはどんどん蝶が沸きあがっていっていた。
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