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空一面が茜色に染まる、見事な夕焼けだった。
オレンジ色の太陽が湖面に反射して、波がきらきらと眩く照り映えている。
まるで観光地で売られている絵葉書のようだ。
あまりに美しすぎて、どこか現実離れして見える。
飽きずにじっと眺めていると、物悲しいような切ないような気にさえなってくる。
湖畔から突き出した桟橋の先端に立って、俺はその夕陽を眺めていた。
だがこの世のものとは思えないほど美しい光景を目にすると、人は時として非常に不安定な心持ちになるらしい。
何か大切なことを忘れてしまって、もう少しで思い出せそうなのにどうしても思い出せない。
ふとそんなもどかしさに囚われ、俺は俄かに苛立ちを覚えた。
オレンジ色の太陽が、その苛立たしさに拍車を掛ける。
くそっ、何なんだよ。
舌打ちと同時に、バシッと何かが爆ぜるような音がして桟橋が小さく揺れた。
誰かいるのかと振り返った視線の先に、ひとりの若い女性が立っていた。
長い黒髪をひとつに束ね、喪服のような黒いワンピースを着てまっすぐにこちらを見ている。
いつからいたんだろうと不思議に思っていると、彼女がこちらに訝しげな視線を投げかけてきた。
「あ、えーと、コンニチハ。じゃなくて、きれいな夕焼けですね!」
初対面の人は苦手だけど、目が合っておきながら無視するのも失礼な話だ。
しかも相手は結構俺好みの、つぶらな瞳とぶっくりした唇がかわいい小柄な女性。
若干ドギマギしながら精一杯の笑顔を浮かべて話しかけると、何故か彼女は大きく目を見開き、酷く驚いた顔で一歩後ずさった
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