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「私ね、やっぱり鳥になりたいの。鳥になってね、私、空を飛び回ってみたいの。ねえ先生、『あっちの世界』に行ったら、私は自由になれるのよね?」
ベッドに腰掛ける患者服の少女が興奮気味に話すのを、白衣の男はただ静かに聞いていた。
時刻は深夜、零時を回った大病院のとある病室。長い黒髪の少女の弱々しい体には、幾本ものコードやチューブが繋がれている。ベッドの両脇に立つ大型の機械類や、数多の点滴、一定の周期で変形するPC画面上の奇妙な幾何学模様などがただならぬ物々しさを醸し出す一方、少女が微笑み座するその足元には、大きな花束やお菓子類、歳相応のぬいぐるみやゲーム機等が並べられており、僅かばかりの明るさを演出している。「先生」と呼ばれた白衣の痩せた男はじっと少女を見つめ、ややあってゆっくりと口を開いた。
「鎮痛剤が効いてきたみたいだね。気分はどう?」
「すごく良くなったわ。ねえ、それより先生、『あっちの世界』ってどんなところ?見たことはあるの?」
いまだ元気な少女は丸い目を輝かせて問う。「先生」は苦笑し、首を横に振った。
「いや、僕は見たこと無いね。ただ限りない『自由』と、素晴らしい『光の平野』が広がっている、と聞いたよ。」
「それ、前にも聞いたことあるわ。」
少女は不満げに眉を吊って言い、「先生」は苦笑して続けた。
「そうだったかな。まあ、僕はそっちの方面にはあまり強くはないから、よく分からないな。でも聞くところによると、君と同じように体が不自由『だった』人達がたくさん暮らしているみたいだし、寂しくは無いと思うよ。」
「苛められないかしら?」
「それは、」
急に心配そうな表情になった少女を、「先生」はまた笑う。
「それは無いよ。君みたいな可愛い子に意地悪をするなんて、どこの田舎のガキ大将だってあり得ないさ。」
「そう思う?ならいいけど。」
少女はまだ不安げに呟くと、一変、にいっ、と無邪気な笑みを弾けさせた。
「先生がそう言うのなら、信じてあげてもいいわ。」
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