サイバー・バード

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 人間の「自我」と「記憶」を電子化し、インターネット回線を利用して半永久的な「延命」を可能にする。70年代~90年代初頭に流行したSF映画の理論が技術的に確立されたのは、つい5、6年前のことだった。  アメリカの某大手IT企業が、世界各国の医療機関と協力し、42年の歳月の末開発に成功した「ゴーストパック・システム」が、当時、人間の定義の根底を揺るがす一大事件として全世界に向けて発表され、あのクローン羊の一件と同様に数々の論争を巻き起こす種となった事は、記憶に新しい。この「ゴーストパック・システム」とは、端的に説明すると、患者の脳に接続された電極から患者「自我」を形成する「自己意識」と「記憶」を電気信号として抽出し、1つあたり数百テラもの容量を誇る巨大な「記憶箱(メモリー)」に保存するという技術である。本来は、生命の保証が出来ないリスキーな手術――例えば大型脳腫瘍の摘出手術がそれに当たる――の間に、本人の「自我」の安全を一時的に確保し、万一身体が深刻なダメージを受け再生不能となった場合、未来の再生医療の発達による身体の再生に希望を託せるようにするため、と言う名目で開発されたものなのだが、3年ほど前より、もはや救いようの無い末期患者が永久的に住まう「擬似天国」としての転用が進み、その結果、現在までに300人以上の患者達が、世界中に張り巡らされたインターネット回線の中で「第二の人生」を生きて行くことを選んでいた。技術的な安全性は極めて高く、失敗例は今のところ報告されていない。法律は未だ追いついてはいないが、事実、その世界に「人格」即ち「人権」が存在している限り、このシステムが晴れて一般化されるのも時間の問題だと思われていた…今年の春、ある医師が、一つの疑問を提するまでは。
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