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「『自我』を包む『皮』を失った人間は、果たして『自分』を『自分』だと認識できるのだろうか?」
「一人の人間を構成するために必要なものは、あまりにも多い。」
その医師は言った。
「自分が自分である、と言う自覚は極めて不確実なもので、あくまで他人の目で認識され、告知され、そして間接的に認識した『疑似体験』にしか過ぎない。考えてみてごらん。手も無く足も無く、ただ数列で感じる事が出来るだけの『光の平野』を漂う君は、『さて、自分は何者なんだろう?』と考えずにはいられるかい?または、波打つ大海原のような情報の海の中で、自分を包む『皮』を失った君は、中身である『自分』を失わずにはいられるかい?いや、きっと中身の『自分』は溶け出してしまうだろう。僕はそっちの方面にはあまり強くは無いけど、ふと、そう思ったんだ。」
「うーん…よく分かんないや。」
少女は小さく唸ると、か細い腕を組んで言った。
「でもね、今までのつまんない世界からは飛び出していけるんでしょ?なら、私はそれで充分よ。」
「だけど、恐ろしい事だとは思わないかい?」
「何が?」
「永遠に『生きる』ことが、だよ。」
「先生」は少女に言う。
「『世界』の中で永遠に生きることは、恐ろしくはないかい?知ってる人も知らない人も、いずれは皆死んでしまう。まあ、それは病院暮らしの君が一番よく分かっているだろうけど…そうして時が経ち、気が付けば君は一人だ。その時、君はどうする?自分の存在を認めてくれる他人もいない『光の平野』で、一人ぼっちの君は『自我』を保てるかい?」
「あら、私は一人ぼっちなんかじゃないのに。」
「向こうにいる人は『人格』であって『人類』ではないよ。『プログラム』と言ったほうが語弊は少ないかな。」
「違う違う。そうじゃなくてね…」
少女はおもむろに「先生」の手を握った。その小さくひ弱な手は、思いのほか暖かかった。
「…ねえ先生、いつか『こっちの世界』に来てくれない?一緒に暮らさない?ねえ?」
「そうだね、いつかは。」
「先生」はまた苦笑した。
「それはロマンチックだ。」
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