#06 * 春雪

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先日、弟に彼女ができたらしい。 先日と言っても、1ヶ月ほど前の話だ。 驚いた。 あまりにも突拍子な話だったからというのもある。 「意外」という他、何も思い浮かばなかった。 弟の色恋沙汰なんて、生まれてこのかた聞いたことがない。 幼稚園児によくある「何々ちゃん大好き」の類から、 小学生や思春期特有の「最近、何々が妙に気になる」といった類まで、 とにかくそんな気配は微塵もなかったし、 そういうバラ色の世界とは無縁だったように思う。 それがある日、学校から帰ってくるなり部屋にも戻らず、 ダイニングテーブルに座って頭を抱え出したかと思えば、 「……実は今日、恋人が出来たんだけど……」だ。 衝撃の事実を告白された、俺の身になって考えて欲しい。 兄として祝福しているように見せながら、 俺は正直、複雑な気分だった。 弟は根っからの母親似で、小柄で細身で引っ込み思案で、 一人じゃ何にもできない子供だった。 そのくせ我慢強さだけは一丁前で、 いじめられてもケロっとしながら、笑って誤魔化していた。 俺はといえば、両親のどちらにも似てない。 血縁者中から、いいところだけを集めて作った人形みたいな感じだ。 父も母も小柄なのに、母方のひいじいちゃんに似て長身。 顔のパーツもそれぞれ違う人に似て、皆が良いと思うものばかり。 勉強は好きだったし、スポーツは何をやってもそれなりに出来た。 幼稚園時代から女の子にはモテたし、大人からも好かれた。 退屈だった。 単なる無い物ねだりでも何でもいい。 もっと人並みの悩みが欲しかったし、それなりに苦労したかった。
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