草迷宮

3/10
前へ
/10ページ
次へ
 その日は朝方こそ素晴らしく晴れ上がり、この地では年に数回しか眼にかけることの出来ない青空までその姿を現していたのだが、一転、午後になると午前中の反動宜しく凄まじい吹雪が山脈を襲った。時間とともに吹雪は強まる一方で、悪い事にそれに地吹雪まで加わり、周囲一帯は白一色の無の世界へと化した。  この日、若い男が一人、麓の村から山草を摘みに峡谷を訪れていた。早朝、天候が穏やかなうちに山を登りここに到達したはいいが、一連の天候の急変により、谷から出られなくなってしまっていたのだ。男は日が暮れることを恐れていた。夜になれば山風が収まり、吹雪が止む。すると空気の対流が止まり、急激に気温が下がるのだ。上界の凄まじい気象など何処、静寂また暗黒の谷底で一しきりの用事を済ませた男は、周囲がまだ僅かに明るいうちに凍てついた沢に沿って歩き、程なく、断崖の幾重にも覆いかぶさる蔦の中に、噂の「草迷宮」の姿を認め、今夜の寝座とすることを決めた。  
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加