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有無を言わせぬままに語るメイドをしばし止め、男は、一番に無断の侵入を侘びた。しかし、メイドは微笑むだけで、否定するかのように首を横に振るのみである。
「いえ、その様な事はございません。人通りの少ない地でございますので、客人は丁重におもてなしせねばなりませぬゆえ。」
静かな口調だった。男は次に、ここは宿か、と尋ねた。メイドは三たび微笑み、本業ではないが、貴方様が望めばそうもなり得ます、と応えた。薬草摘みの男はここに至った経緯を説明し、厚かましくも、もし良ければ今晩ここに泊めてはくれないだろうか、と尋ねた。と言っても、この世のものとは思えないほど豪華な造りの屋敷である。一泊するだけでどれ程の金が必要なのか、男には想像する事すら出来なかった。実は、と男は、自分が全くと言っていいほどの一文無しなのだ、とメイドに告白した。が、メイドは相変わらず鉄仮面の微笑みのまま、その様なものは一切必要ない、と思いもよらぬ事を告げた。
「『ご主人様』のご意向によりまして、客人からは一切宿代は頂きませぬ故、ご安心くださいませ。」
そう言うと、メイドは小さくお辞儀をし、それではこちらへ、と言い残し、ゆっくりと紅のカーペットを、奥の暗がりへと歩んでいった。
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