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通された個室は、表と変わらずやはり豪華なものであった。濃い紅を基とした重厚な色調、やや低いが不便の無い高さの天井には小ぶりなシャンデリアが下がっている。蔦の葉が外を覆い、風景を全く望めない窓際には、大人が三人寝てもまだ余るような大きなベッドが品のいい脇机とともに配置されている。落ち着いた柄のカーペット。男は今一度、本当に宿代は必要ないのか、とメイドに問うた。が、やはりメイドは首を一、二度横に振るだけである。しぶしぶ男が山草の入った籠を脇机に置くのを見て、メイドは徐に口を開いた。
「では、食堂にご案内いたします。」
案内された食堂も、他の部屋や廊下同様、やはり見事としか言いようの無い荘厳な設計であった。高天井に燈るシャンデリアの優しい輝き、巨大という形容がまさしく当てはまる重厚なテーブル。卓上には、男が生まれてこの方見たことも無い豪華な夕食が並べられている。呆気に取られ放しの男は、今度は何故ここまでして一文無しの自分をもてなすのか、と尋ねた。黒ずくめのメイドはただ優しい声で、それが「ご主人様」の御心でございます故、とのみ答え、そして男から分厚い山羊皮の上着を受取った。
このような場は初めての男がたどたどしく夕食をとる間、メイドは延々と部屋の隅で待ち続けた。出された料理はどれも素晴らしく、美味なものばかりであったが、慣れない男の食事は遅々として進まず、ようやく最後の皿を空にした頃には、廊下の柱時計は7時を告げる鐘を鳴らし終えていた。
男が食し終えるのを確認したメイドは、さくさくと後片付けを始めた。メイドは、
「御口に合いましたでしょうか。」
と問いかけ、男が微笑みと同時に、このように美味しい料理は初めてだ、と応えると、満面の笑みで「良かった。」とだけ呟いて、奥の部屋へと消えた。
しばしの時を置き、メイドがまた戻ってくるまで男はそこで待っていた。戻ってきたメイドは男の姿を認めるや、驚きの表情を浮かべた後、頭を下げた。
「申しわけございません。お部屋に戻られたとばかり…」
男はそれを制した。そして自分は貴方を待っていたのだ、と告げ、そして元より胸に秘めていた疑問、貴方と、そして「ご主人様」と言われる方は、「草迷宮」で一体どのような仕事をしているのか、と言う事を問うた。
「お望みならば、ご覧にいれましょうか?」
男は言葉を発する事無く頷いた。
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