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「『蔦の間』と申しますその部屋は、この館が建造された17世紀中頃からございます、広大なホールでありまして…」
その落ち着いた声は、周りを包む虚無の闇に吸い込まれていく。メイドは大造りなカンテラを手に、男を館の奥へと案内する。長い廊下に光は無く、先ほどと打って変わって肌寒い。色の白いメイドの顔は、黄色く輝くカンテラの光を受け止め、しかし不思議とその暖かさを反映せず、蝋人形のように蒼白である。無音。二人の足音のみが虚ろに響く中、メイドはふと足を止め、カンテラを高く掲げて廊下の壁面を照らした。
「…当時は主に、ダンスホールとして使われておりました。現在でも、僅かながらではございますが、その頃の面影をご覧になることが出来ます。」
カンテラの光の先には、一枚の絵画が飾られていた。広いホールの中で、正装した多くの男女が社交の集いを楽しんでいる絵だった。図中にある人々の豪奢な姿を見る限り、彼、彼女等は近隣の貴族達なのであろう。
「我がランゴバルド家が、この山脈地域の統治を政府に奉還して、幾百年の月日が流れました。時代の流れと共に、この『蔦の間』は人々の記憶から忘れ去られて行きました。そこで、当家直系の血統に当たります我が『ご主人様』は、この部屋や屋敷を商いに使うよう、私に任せてくださったのでございます。」
それでは、こちらへ。メイドは優しく微笑むと、その絵の僅かに前方にある大扉――5メートル以上ある大きなものであったが、男はその存在に全く気付かなかった――を盛大にきしませながら、しかし至って軽く、手前に引いて見せた。男は驚きの表情を浮かべたまま、恐る恐る中を覗く。そして次の瞬間、驚きは茫然へと形を変えた。
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