第1章

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「ありがとうございました」 「お・・いや僕は何もしていないですから」 「あの時は見つからなかったけど、でも・・」  男は明らかに困った表情を浮かべていた。真央が手にしているトレイを受け取りたいのだが手を離そうとしないからだ。 「仕事中なんでこれ以上の私語は・・・すみません」  周囲に真央以外の客の姿は見られないのだが、あくまで従業員として接しようとする男の姿に真央はしゅんとした表情を見せた。 「・・・ごめんなさい。この間来た時にカウンターの向こうでお仕事してるのが見えて、鍵が見つかったって言いたくて」  重たい空気に居たたまれなくなった真央はパッとトレイから手を離すと、何も言わずに出口に走って行った。 「あ・・ちょっと待って」  男が呼び止める声が聞こえたが、真央は振り向かなかった。  どうしてうまくいかないんだろう。立て続けに異性の事で悩まされる理由が真央には分からなかった。 「・・・・これでしょ?」  勤務時間を終えた男が通用口から出ると、Tシャツにハーフパンツ姿の背の高い女の子が、決まりの悪そうな顔をして立っていた。  右手を女の子に差し出すと、男の手には全国的に有名なゆるキャラのキーホルダーがあった。 「よく忘れるんだね。トレイの上にのっていたから言おうと思ったのに」 「ありがとうございます・・・・」  手のひらに返された自転車の鍵を見つめたまま真央はお礼の言葉を呟いた。 「さっきはきつく言ってごめん。あそこ仕事中の私語にかなり厳しいんだ」 「そんな・・・」  真央は恥ずかしくて視線を上げることが出来ないでいた。    目の前の男と肩の高さがほぼ同じなので正面を向いたらおそらく目が合ってしまうと思ったからだ。 「あそこの公園に大きな池があるとは聞いていたけど、ボートをしてるなんてね。一昨日だったか初めて見たよ」 「え?」  男の発した言葉が意外だったので真央は俯いていた顔をぱっと上げた。  真央たちボート部が練習をしている潟は毎年ジュニアの部ではあるが地区大会を行っており、何年か毎には県大会のような大きな試合をすることもあるのだ。  小学生からボートを始める子もいてかなり地域に馴染んでいるスポーツのはずなのだが・・    
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