2人が本棚に入れています
本棚に追加
ほんの少し、視線を上げて会釈する君。
無言の挨拶は、利用する人の少ない駅で、気まずさを消す為のおまじないみたいで。初めは互いにぎこちなく、何時しか微笑みが浮かぶ様になっていた。
でも今日は少し違って。
うつ向いた彼女の、手にある本に雨が降る。
ぱたぱたと、乾いた音を立て。
外は初夏の陽射し。
もうすぐ蝉達が恋を歌う季節。
「どうしたの?」
「失恋、しました」
ぱたぱたと降り続ける雨。
「告白もしていないから、振られてさえいないんですけど」
きっとその透明な雨と同じ、ガラス細工みたいな心。
「勇気、出せば良かった」
「……勇気、出そうかな。僕は君よりズルい大人で、君の弱さにつけ込むやり方だけど」
不器用な言葉の意味が分かったか、潤んだ瞳が見開かれ、苦い微笑みが浮かぶ。
「本当、ズルいです」
でも良いかな。
雨、止んだ様だし。
最初のコメントを投稿しよう!