第1章

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(どうして…?) 私はこめかみに手を当てて直前の記憶を探る。 (確か…そう、逃げていたはずだ。追い詰められて、それで…) 湿った空気に鼻につく臭気。 暗がりの中で冷たい壁に手をつきながら、無理矢理に足を動かして逃げる、逃げる。 それに、嘲笑。 口々に浴びせられる言葉は私を貶め、罵るためのもの。 けれど、何故だろう。 いやらしく吊り上げた口で喚き立てているのに、言葉は何一つ思い出せない。 「ねぇ、どうしたの?」 いつの間に戻って来たのか、ポニーテールを揺らしながら首を傾げる友人が目の前にいた。 途端、彼女の長く明るい髪が赤黒く汚れている場面が浮かんだ。 私の腕の中で力を失くした身体が冷たくなっていく。 端正な彼女の顔は酷く汚れ、目は落ち窪み、およそ眼前の彼女だとは思えない有り様だった。
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