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最大の聖術を放った勇者は、息を荒げ、肩を上下させている。同じく息を切らせている魔王は、静かに勇者に問うた。
「勇者よ。貴様は何のために戦う」
「貴様を殺すためだ」
「何のために?」
間髪入れない勇者の返答に、魔王は力なく笑う。今までのような挑発でも、嘲りでも、戦いによる興奮に依るものでもない。ただただ疲れ切った末に、ふとこぼれてしまった、虚しさからの笑み。
すっ、と。
魔王はその鎌爪を、勇者ではなく、横に向ける。そこは先ほどの聖術で壁が崩れ去った地点。いや、その先。壁の向こうに広がる世界。
「――もはやこの世界には、何もありはしないというのに」
壁の向こうにあるのは――いや、何もありはしなかった。
広がるはただただ空虚な世界。生物の影はなく、草木の一本もない、荒廃しきった世界。これ以上ないほどに終わりきってしまった世界。
「…………」
勇者からは先ほどと違い、何の返答もない。魔王も気にせず、ひとりごちる。
「……あまりにも、長い時間が過ぎてしまったのだ。全てが意味をなさなくなるほどに、長い時間が」
遥か昔から続く、人間と魔族の対立。
勇者が魔王を倒せば、つかの間の人間の繁栄が訪れる。しかしやがて新たな魔王が現れ、勇者は敗れる。そして魔王が人間を蹂躙する、魔族の天下。それも長くは続かず、新しく生まれた勇者が魔王を葬る。そしてその勇者もやがて新魔王に倒され――――その繰り返し。無限の円環。終わらない対立。
それにうんざりした両陣営は、この戦乱を終わらせるために、最終決戦兵器を作り上げた。
死ぬことのない魔王。何度でも蘇る勇者。両者は巡り合い、己の種族のため戦った。
しかし、不死身と不死身の戦いは、あまりにも長く続いた。どちらかの死という結末が無ければ、決戦は終わらない。終えられない。十日が過ぎ、十週が過ぎ、十月が過ぎ、十年が過ぎ、さらに長い長い時間が過ぎても、その苛烈な戦いは終わることはなかった。
世界は、決着を待ちきれなかった。二人をさておき、各々で戦いだし、消耗し、やがて和解し、平和な時が過ぎ、しかし禍根を忘れられず、また争い、和解し、争い―――。
全てがなくなるまで、それが続いた。
全てがなくなっても、勇者と魔王は戦い続けていた。
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