第1章

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 仕方なく先週と同じ靴を履いて通勤し、営業まわりに出かけた。8月になってからずっと真夏日が続いている。すぐに足の中をじめっとした汗がひっついてきた。昼休みは持参している弁当をいつもの公園で食べた。弁当は恵子にいつも作ってもらっている。その中身は昨日の晩飯の残りを詰めているだけだ。  どこかに金が落ちてないかなと竜一は自分でも馬鹿馬鹿しいと思えることを考えていた。そう簡単に金がおちているわけがない。かといって宝くじはまず当たらないことはわかっていた。もし三千円の投資をすればその分、唯一の楽しみであるコンビニの買い食いが出来なくなるだけだった。出来る限りの節約はしているつもりだった。コンビニのポイントカードは各社すべて揃えた。ネットで応募出来る現金懸賞は応募しまくっているがいまのところ当たっていない。どうしたらこの生活を抜け出せるのかわからず途方に暮れていた。  夜はお決まりの駅前近くの公園のベンチで発泡酒を買って飲んだ。つまみは三十円の駄菓子だ。合わせて百五十円あまり。これしか予算は無い。家には恵子が飲まないので、酒を買置きしておらず、少ない小遣いの中から酒も買うしかなかった。  駅前では若いミュージシャンが日替わりで自作の歌を歌っていた。ほろ酔いになりながら、今日の歌手を目で追った。珍しく若い少女だった。まだ未成年者だろう。高校生に見える。曲は透明感のある歌詞と歌声で心地よく耳に入った。周りには二十人ほどの人だかりが出来ていた。竜一は少女が目の前においてあるギターケースに目をやった。一〇円玉や百円玉に交じって千円札も何枚か入っていた。歌うだけでお金が稼げるのかと思った。あのお金があれば、居酒屋で生ビールを飲んで、焼鳥が食えるなと考えた。喉がごくりとなった。ほろ酔いなのもあってか、気が大きくなっていた。どうにかあの金を手に入れられないだろうかと考えた。
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