第1章

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 少女は自分を堀口優花と名乗った。家まで送る間に少しずつ緊張がほぐれてきたのかお互いを名前で呼び合うようになった。こちらとしてもそのほうが助かる。優花の家の前まで来て竜一は驚いた。ちょっと珍しいほどの豪邸だったからである。外には二台高級車が並び、立派な門構えの先には玄関に続く石畳みのアプローチがある。鉄筋コンクリートのまるで要塞のような立派な屋敷だった。  良いところのお譲さんがなぜストリートで歌を歌っているのか竜一は不思議に思った。親には内緒にしているに違いない。とりあえず家より離れた場所でお互いの連絡先を交換して優花と別れた。面倒なことに巻き込まれるのは嫌だったが、もうひとつ竜一には黒い考えが浮かんできたのである。  第四章 預金通帳  竜一が家に帰るともう恵子と結菜は寝ているようだった。いつもより帰るのが遅くなってしまった。結菜が散らかしたのか部屋の中はおもちゃやら絵本やらでいっぱいのままだった。いつもは綺麗に片づけてあるのだが、恵子も疲れていたのだろうか、ちらかったままである。目をリビングからダイニングのテーブルに移した時に竜一は目をとめた。そこには恵子のバッグが置いてあり、半開きのままでチャックが閉じていなかった。そして竜一の給料が振り込まれる預金通帳が見えていた。胸が高鳴るのを感じた。結婚してから三年になるが一度も竜一は通帳を見たことがなかった。家計は恵子にまかせきりにしており、たまに通帳を見せて欲しいと頼んでも恵子は頑として見せなかった。それがいつも喧嘩の火種になるのでこのところは気にもしていなかったのである。  しっかり者の恵子の事だから相当な貯金をしているに違いないと竜一は踏んでいた。月はボーナスも入っている。胸の高鳴りを抑えながら、竜一はバッグから通帳を抜き取りこっそりとページをめくった。まず会社からの給料の振込が続く。引出欄には家のローンの引き落とし、光熱費、電話代と続いた。竜一の手が止まった。その数字の意味がわからなかった。何度も反芻して頭をフル回転させるが回答が出なかった。ボーナス日の直後に引き出された大金。それが何を意味するのか分からなかった。恵子からは何も報告を聞いていないし、相談も受けていない。何のためのお金かわからないが竜一に秘密で恵子が大金を引き出しているのは明らかだった。
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