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空は暗い。ぼくは国1を梅橋の交差点で外れた。原チャリを南に向け県道402をたどる。
‥きのう、お父さんが「避難しよう」と言った。
さっき市内広報が警告音をがなりたてていたから、それかな、とぼくは思った。
「なに?地震?台風?」
空は今日と同じように暗く、リビングではお父さんの顔がよく見てとれない。広報はまだうわんうわんと聞きとれない放送を続けていた。
「土星だよ」とお父さんは言う。
「土星?」
「そう、土星」とお父さんは頷いて、「土星へ行った探査船が、土星の一部を持って地球に帰ってくるんだが、」
それをきいて、「はぁ?」とぼくは少しニヤついた。そんな話、聞いたこともない。
だがお父さんはたんたんと話を進めていく。
「それがどうも、コントロールがきかなくなったらしい。この辺に落ちるそうだ」
「ふうん」とぼくは、本気にしなかった。
「避難しよう、準備しなくていいのか」とお父さんは防災用品がつまった鞄を肩にかける。
「お母さんは?」
「もう行ったよ。さ、待ってるから」
「先にいっててよ。ぼく、少し遅れるから」
「避難場所はわかるのか」
「うん。例のとこでしょ?あのー、あそこ」とぼくはよくわからない方向を、何となく指さす。
「そうか、」
そういって踵をかえすお父さんの背に、ぼくは訊いた。
「この辺って、どこ?」
「ん?」
「そのう‥土星の探査船だよ。落ちる場所」
「ああ、海のほうだ」
「海って、大東?」
「ギリギリまで陸地に落とさない努力を続けるそうだから、そうだな、たぶん」
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