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「だから、それなのにこんなとこで黄昏て、悲劇の主人公気取ってるのがカッコ悪いって言ってるの!」
夕花が珍しく声を張り上げた。夕花は本気で怒っているらしかった、まるで自分の大事な何かをバカにされた時のように。
よく見れば、少し呼吸が乱れている様子が分かった。保健室にいない壮一郎を探して、ここまで階段を駆け上って来たのだろう。
二人の間を沈黙だけが行き交う。少ししてまたも夕花の方から口を開いた。
「……集合写真」
言われてから、壮一郎はやっとその存在を思い出した。
「小澤先生が呼んでこいって、良くも悪くも今回の主役はあいつだからって」
なんとも皮肉の効いた小澤らしい冗談だ。そう思って壮一郎は少しだけ頬を緩める。
「胸はって来なよ、他のみんなはどう思ってるか知んないけどさ」
そこで夕花は少し俯いた。この先を言うか躊躇しているようだった。
「私は……その、走ってる姿かっこいいと思ったから」
どこから声を出したのか分からないくらい、細くて消え入りそうな声だったが、壮一郎の鼓膜はしっかりとそれを捕らえた。
この時ほど耳が仕事をした日も無かったと壮一郎は後になって思う。
夕花はそれだけ言うと、壮一郎の反応も待たずに廊下を走り去っていってしまった。
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