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教室の戸を開けたら、そこには整然と並べられた机と椅子があった。縦横それぞれ6ペアずつ。
窓が開いており、カーテンが風に優しく揺れる。教室内に流れ込む昼間の風は、初夏を感じさせる。風とともに運動部だろうか? 校庭の声が聞こえてきた。
何も書かれていない黒板が前後の壁にある。綺麗な黒板は見慣れない。
教室を照らす電灯は、どれもが綺麗に光っていた。長いこと見ていると目を痛くしそうだ。
……そして俺は、現実を直視する。
整然と並べられた机と椅子、嘘だ。その真ん中、二つの机が頭を合わせている。その一方の椅子に、女性が座っていた。彼女は俺に気づくと、柔らかい、何も知らなければ好感すらもてそうな笑みを浮かべる。彼女の手元には数冊の本。
そう、俺は彼女に呼び出されていた。
初夏を感じさせる風は、俺には地獄から吹きつける暴風だ。外から聞こえる声は苦しむものならまだ気持ちが楽であっただろう。
日付すら書かれていない黒板は、本来なら今ここに、俺が居てはいけないことを意味する。
教室を照らす電灯は、これが室温を上げているのではないか、そんな気にすらさせてくれる。
決して後には引けない重圧を感じた俺は、盛大なため息をつくと一歩踏み込む。
ようこそ、俺。地獄の一丁目へ。
俺は彼女の対面の椅子に座り、鞄を下ろす。
彼女はあいた俺の手を優しく包み込むと、自分の胸元に引き寄せる。そこでキュッと力を入れると、手を離した。
彼女は一段と優しい笑みを浮かべた。初老の、その口が動く。
「補習、頑張りましょうね」
……地獄の一週間が幕を開けた。
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