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「 問題あらしまへんね。ところであんさん、壬生狼の沖田はんやろ?」
「みぶ……ろ?」
「一度みかけたことがありましてな。なんや、雰囲気は多少変わっとるみたいやけど」
壬生狼とは、沖田とは一体──記憶を探ろうとする間にも男の話は続く。
男の声はやけに頭の中にひびいた。探しだそうとする記憶のすべてを覗かれているようで気分が悪くなる。
ほほに添えられた手のひらを退けさせるように何度か頭を振ると、男はうつくしい佇まいに戻った。
思案顔でみつめる男と目が合うと、なにやら身体中が粟立つ感覚におちいる。
なぜだ。弱みを握られている気がする。口を開かないでくれ。心のどこかで警告する声がする。だがそれも虚しく、男はすんなりと口を開いた。
「それにしても、世も末やな。こない妙齢な女子が壬生狼なんて危険な場所に……はよう抜けたほうが身のためやで」
そうか、これか。無意識に弱みだと感じていたのはこれだったのか。
混乱しているのをよそに、男はひと声かけて立ち去ってしまった。
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