清掃員

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「…物言わぬ人形が口を開いた時、周囲の人間はどう言った行動に出るか考えたことがあるか、新米。」 男は、手に持つ鉄製の鈍器を若者の側頭部に振り下ろした。車のドアを閉めたときのような重低音と共に、頭蓋骨を砕かれた金髪の体は釣られた魚の如く飛び跳ね、倒れるや否や泡を吹いて硬直する。一枚板のように伸びた体を太い腕で軽々引き上げると、その男は、 「気味悪がって、その人形を捨てちまうんだよ。」 彼の細身の体を、マンホールの中に投げ入れたのだ。 「こいつは非常に残念な結果だが、悪いが俺は、正義やら何やらと引き換えにそうなっちまう気はさらさら無いんでね。まあ心配するな、お前のことはこの俺がちゃんと覚えておいてやる。」 やや時間を置いて、その体が深層に到達したことを知らせる衝撃音が響いた。中年の男はつばを吐いた。まるで噛みタバコでも捨てるかのように、苦々しく、全く不快に。 「だから『面倒事を持ち込んでくれるな』ってんだ、この街で生きていくには口を慎まねぇと、もう何人同じ目に遭ってんのか数え切れねぇや。口数の多い奴と付き合って録な事はねぇけど、まあ、もう二度と喋らんと誓ってくれるのなら、墓参りくらいしてやっても構わんがね。いい加減慣れっこさ。」 男はそれだけ呟き、ついでに袋の身体も無理やりそこに押し込むと、マンホールの蓋を何事も無かったかのように元に戻した。  ふと、誰かに見られている気がして、頭上を見上げた。そこにあるはずの「樹冠」は三角に交差し、真ん中に空が見えていた。ガスに霞み、灰色に汚れた空だ。遥か数百メートル上空は完全な宙のはずなのだが、彼は確かに、何者かに見られているのを感じていた。宙のはずの、遥か上空から。  まあいいさ、と肩をすくめる。男は急に、自分が枯葉の下に住まう小虫になった気がした。日光に弱い、誰にも知られること無く葉を腐らせ土を肥やす、醜い小虫に。  ごつい中年の男は、空を削るその影にこそこそと身を隠す。
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