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清掃員、俗に「モッパー」と呼ばれる彼等は、この街では決して日の目を浴びることの無い存在だった。
「天を磨する」の形容がもっともらしく当てはまる超高層のこの街は、政府系のありとあらゆる研究機関が集中する巨大研究都市である。200メートルを優に超える全面特殊合金貼りの高層ビルが連なっており、日の光を浴びて鈍く輝くことから「アイアンポリス」と呼ばれている。その谷間を縫ってハイウェイが走り、幾筋もの細い枝道がビルに直結している様はさながらジャングルである。それらに陽光を遮られた下、年中季節を問わず薄暗く、湿った空気が溜まる「樹冠」の最下層に住まうのが、彼等のような下層階級、俗に言う「アンダー・カレント」であった。
「アンダー・カレント」は、一五年前に始まった政府の失業者対策によってこの街に集められた。「究極の弱者救済」の公約の下、貧困者救済政策を打ち出した政府は、各地で社会問題化していた彼等に職を与えた。大工場への斡旋、休耕地の貸与。技能指南所を各地に設置するなど、膨大な資金を投じたこれらの諸政策の結果、二桁に乗っていた失業率は3年でわずか2パーセントにまで低下した。メディアは急速な景気回復を祝福し、しきりに政府を賞賛した。それが彼らの義務であるかのように。また、一部の異論を非難するかのように。その影で、あらゆる職種に「不適合」とされた者達は、政府の直轄都市に招集された。彼等はそこで「最低限度の文化的生活」を保障された上で、半ば強制的に清掃業務の職に就かされたのだった。それについても、世間は大いに行政を評価し、また「不適合者」達を同情した。まるで、彼等には生きる道がそれしかないのだ、とでも言わんばかりに。
彼等はつまり、社会に生かされている存在だった。
「…なあ、そこらに捨てちまおうや。」
「馬鹿言え。」
滅多に通行人を見ることのないビルの合間を歩きながら、いまさらになって怯えだした金髪に、中年男は呆れた声で言った。
「俺達の担当区域内に残してどうする。もとあった場所に戻すんだ。」
「ポリに見付からねえかな。」
「わけ無えだろ。自分のナリを見てみろ、『切り裂きジャック』には程遠いぜ。それに、」
「…それに、何だよ。」
問われて、男はやや声を落として呟いた。
「こいつは多分、殺しじゃねえよ。」
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