清掃員

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 四肢を切断された男性の胴体だった。出血はほとんど無く、切断面が少し濡れている程度である。その表面は焼かれたのだろう、筋肉や骨が醜くただれ、焦げ臭い嫌な臭いを放っている。そして何より、髪を剃られた頭頂部に大穴が開いていた。中に脳はほとんど残っておらず、乳白色の一部分が僅かに底に溜まっているのみである。体表は細かく痙攣し、驚いたように見開かれた目はあらぬ方向を向いていた。  背後で、鶏が絞め殺されるような悲鳴とともに、金髪の男が盛大に胃の中の物を戻していた。中年は悪態を吐き、袋を脇に転がした。 「あいつら、脳を換装しやがったのか。」 唸るように呟くと、噛みタバコでも捨てるかのようにつばを吐く。 「政府の奴ら、やりやがったんだ。システム開発にも検体は必要なはずだ。だがパーツ廃棄があるから表立って実験は出来ない…そうか死刑囚か、考えやがったな。」 「…何だよそれは。」 黄色い唾液を吐き捨てながら、金髪が咆えた。 「死刑囚にだって人権はあるだろ、何なんだこの研究は、おい、さっさと公表しちまおう。テレビ局にでも垂れ込むんだ。」 「馬鹿が、冷静になれ。そんなことをした所で、メディア内部の政府内通者にもみ消された挙句、次に脳みそを抜かれるのは俺達だ。この事は見なかったことにしろ。」 「ふざけるな!」  若者は激昂し、喚き散らす。 「こんな研究なんざクソ喰らえだ!何が弱者救済だ、俺はもう我慢出来ないぞ…他のクソ共から能無し呼ばわりされるのも、はした金を握らされてこんな街で暮らすのも、面白くも無ぇゴミ拾いをやるのもだ!俺達は物言わぬ人形じゃねぇ!!」 そう言って、ごつい男の手から死にかけの魚のように痙攣する袋を奪い取る。若い男は血走った目で中年を睨み付けると、よろめく足取りでそれを担ぎ、歩き出した。狂ったように悪態をつ吐きながら。背後で男が重たいマンホールの蓋を手に取ったのは、その直後、彼が躓いて派手にアスファルトに身を投げ出して転んだ瞬間だった。
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