第1章

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 カランコロンは僕が子供のときに拾ってきた物の怪だ。  見た目は古びた一対の下駄、特に悪さをするでもなく、ただ家人の足元に「カランコロン」と鳴りながらじゃれつくぐらいしか能のない、なんだかできの悪い妖怪だ。  だからうちの人間は誰もカランコロンを恐ろしがらない。むしろ優しい声をかけたり、なでてやったり、ペットの犬猫のような扱いだ。  そうそうペットといえば、ウチにはカランコロンのほかにベスという名の犬がいて、こいつがえらくカランコロンを気に入っている。最初は片足分だけを犬小屋に引き込んでいたんだが、カランコロンは両方揃いでいないと落ち着かないらしく、気が付くと両足揃って犬小屋の中に入っている。  最近ではここをねぐらに決めたらしく、夜はベスの尻尾にもたれかかるようにして寝ている姿がほほえましい。  おばあちゃんの言葉によれば、こういう古いものに心が宿った物の怪を『つくもがみ』というんだそうだ。  神なんて名前につくわりにはずいぶんとしょぼいなあ、なんて思わなくもないけれど、学校から帰ってくると嬉しそうに「カランコロン」と鳴って飛びついてくるこの物の怪を、僕は本当に可愛がっていたんだ。  それでも、やっぱり僕にも一人前に反抗期なんてものはあるわけで、ちょうど中学生のころ、僕はこのカランコロンが疎ましくなった。  中学生といえば小学生のころのような夢想や自由な心よりも、今まで習い覚えてきた『常識』のほうが大事になる年頃だ。だから友人たちは家につくもがみがいるという僕の話を笑い飛ばした。 「おまえさあ、中学生にもなってお化けなんか信じてンの?」  その日、僕は悔しくて涙ぐみながら家に帰った。  玄関を開けると廊下の奥から「カランコロン」と甲高い音が近づいてくる。いつものお出迎えだ。  だけど僕は、玄関に並んだ靴のうえに飛び降りたカランコロンを腹立ち紛れに蹴り上げた。  お母さんのサンダルと、カランコロンが吹っ飛んだ。こらえていた涙がポロリとこぼれる。 「お前がいるせいで、僕はうそつき呼ばわりされたんだぞ!」  僕の大声に驚いたんだろうか、カランとひときわ大きな音を立てて廊下に転がったカランコロンはぶるりと大きく震えた。 「だいたい、いまどきなのに、何で下駄なんだよ、靴のほうが機能的だし、見た目だっていいのに!」
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