第1章

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 ののしる言葉に一つ一つに、カランコロンはぶるりと震える。そのたび木の廊下の上でカタリとかたい音がすることが、僕をもっといらだたせた。 「もういい! ベスのところに行ってろよ!」  ひときわヒステリックな僕の苛立ちに、カランコロンは玄関を飛び出していく。たぶんベスの犬小屋に逃げ込んだのだろう。  ボロリボロリ、二つ三つと涙がこぼれる。  そんな騒ぎをいつから聞いていたのか、玄関脇の部屋からおばあちゃんが顔を出した。 「かわいそうに、なでてもらいたかっただけだろうに」 「だって……」 「おや、泣いてるね。ちょっとお待ち」  部屋に一度ひっこんだおばあちゃんは、ティッシュを箱ごと持って来て僕に手渡してくれた。 「ほら、まずは鼻をお拭き」  このころには、僕は顔中をぐしゃぐしゃにして泣いていたのだから、素直にティッシュを引き出して鼻をかんだ。  おばあちゃんはそんな僕の頭をポンポンと軽く叩いてくれて、それから優しい落ち着いた声で聞いてくれた。 「どうしたんだい?」 「今日、学校でさ……」  僕は学校でからかわれた話をグチグチ長々と話したんだけど、その間おばあちゃんはずっとだまっていた。何も言わず、僕の愚痴を全部受け止めてくれたんだ。  そうして僕が愚痴を全部吐き出すのを見計らって、おばあちゃんはやっと口を開いた。 「で、何が悔しかったんだい?」 「何が……」  と言われて思い当たる悔しさの原因などない。  クラスのやつらがどれほどお化けの存在を否定しようともカランコロンが実際に僕の家にいて、懐いた子犬のように僕の後を付いてまわるという事実は揺らがない。 「たぶん、カランコロンが本当に大好きだから……」 「うんうん、大好きだから?」 「そんなカランコロンが『いない』って言われたのが悔しかったんだと思う」 「じゃあ、カランコロンにどれだけひどいことをしたか、自分でわかるね?」 「カランコロン!」  僕はお母さんのサンダルをつっかけて玄関の外へ飛び出した。門柱のすぐ裏、ベスの小屋へ……カランコロンがそこにいたら優しい言葉で謝って、なでてやるつもりだったんだ。  でも、そこにカランコロンの姿はなくて、小屋の前に座ったベスは寂しそうにうなだれていた。 「ベス、カランコロンは?」  聞いたところでベスが答えられるわけなどない。鼻で「きゅ?ん」と寂しそうに鳴いて、あたりの地面を無意味にかぎまわっただけだった。
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