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――とうとう来たか。
胸中で呟き、かけていた眼鏡の中心部分(ブリッジ)を指で持ち上げる。深く息を吐くと少しだけ落ち着きが取り戻せた。
自分の携帯電話を握り直す。
手が震えそうになるのを抑え、アドレス帳から通話を発信する。コール二回で眠そうな声が聞こえてきた。
『はい。こちら久保田』
「涼原だ。00班の出動を要請する。こいつは間違いなく、D案件だ」
必要な連絡事項を伝え、電話を切る。
やる事は山積みだ。電車を止め、車両を封鎖し、乗客を降ろし、遺体を処理しなければならない。幸い両隣の車両に人はいない。
事実、涼原の目論み通りこの凄惨極まりない事件は表には出ず、電車は車両トラブルとして処理された。
そして疑問に思う者も現れず、すぐに世間から忘れ去られたのだった。
そして二か月後。
物語の幕は上がる。
一人の男が吹き放つ、くすぶる紫煙を狼煙にして。
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