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白桃を持ってあいつの部屋に向かった。
殺伐とした空間は彼女が一人でいることを誇張しているように思えた。
特にこんな日には。
昼間からの熱は夕方になるにつれ和らいでいたものの、窓を閉め切っていたのだろうか、この部屋はまだむっとする。
「用件はなんですか。」
「余ったから、持ってきたんだ。もらったんだけどさ、一人じゃ食べきれなくて。」
了解もなしに丁寧に桃を剥いていく。
今日も矢島や園田に何かされたのだろう。
幼い手に血が滲んでいる。
少しすると興味深げにこちらを伺う彼女と目が合った。
やってみる?そう尋ねると、こくりとひとつ頷いた。
小さな手に自分の手をそえて、ゆっくりと果実を回していく。
いいとこ育ちであったから、刃物を手にしたことだってきっとないんだ。
さっきまでナイフは皮と実の間をするするとすべっていたが、二人でやるといまいち上手くいかない。
それでも真剣な眼差しで一生懸命になっている姿を見てしまってはどうしようもない。
緊張を隠して浅く長く呼吸しながら、優しく手を握った。
それが全て剥き終わる頃には、二人の手には果汁が滴って、周りにぼわぼわと香りが広がっていた。
変に喉の渇きを覚えてさっそく桃に 手を伸ばした。
彼女も真似して素手で桃の端を掴んで口に入れ、少し上を向いてからそれを喉に下した。
二人は果敢にも手をべたべたにしながら次々と食べていき、気づいた頃には用意したものが空になっていた。
そろそろ行くよ、ありがとう。
それだけ言って部屋を出ようとすると、きゅっと袖を引っ張られた。
「待って。もう少しだけ一緒に。」
俯いていても分かるくらい顔は真っ赤だった。
そんな顔、見たことない。
あいつは本当にずるいんだ。
でも、そんな事一つで優越感に浸ってしまう自分はもっとずるい。
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