第一章――捜索依頼

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 幸いと言うべきか、父は密かに貯めこんでいたようだった。刑事の仕事以外、趣味らしいものを持っていなかったせいかもしれない。実直な性格だったから、遊び歩くようなことも殆どなかったのだろう。その遺産と保険等の手当のおかげで、今のところ生活には苦労していない。もちろん、無駄遣いなどすればすぐに消し飛んでしまう程度の額ではある。先述のバイトは、学費分くらいは稼ごうと冬吾が自主的に始めたものだった。  そのバイトも今はもう辞めてしまった。いや、新しいバイトを始めたというのが正しいだろうか。それはバイトと呼ぶには、たいそう風変わりであると言わざるを得ないだろうが……。  目的のオフィスビルに辿り着いた冬吾は、建物正面に設置された下り階段を降りていく。しばらくすると、ひんやりとした少し広い地下の空間に出た。周囲は灰色のコンクリートの壁に囲まれ、前には扉があり、その左右を守るように二人、スーツ姿の男が立っている。いわゆる見張り番というやつだ。二人とも日本人離れした異様な体格の持ち主で、さながら寺院の門脇に置かれた仁王像のような凄みである。  冬吾は二人に向かって言う。 「入れてくれ」  合わせて、『社員証』を提示する。写真と名前が記載されているだけの単純なカードだ。しかし、そこに記載されているのは本名ではない。コードネーム、つまりは闇の住人としての名である。冬吾のコードネームは『ノラ』、なんとも間の抜けた感じだが、そう決まってしまったのだからしょうがない。 「少々お待ちください」  右側の男がそう言って冬吾に近寄ってくる。社員証を受け取り、冬吾の顔をじっくり眺めてから、今度は足元まで見下ろしていく。今度は扉の方へ寄って、脇に設置されたカードリーダーに社員証をかざした。扉上部に付いた緑のランプが点灯し、入棟が許可されたことが示される。
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