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「…………失礼しました。ではお入りください」
男はカードを冬吾へ返すと、下がって扉を開けてくれた。
「……どうも」
冬吾は社員証を懐へしまいつつ小さく頭を下げて、扉の奥へと入っていく。狭い廊下が前へと続いていた。
後ろで扉が閉められたのを確認してから、冬吾はほっと息をつく。ここへ来るのももう何度目かになるが、何度やっても慣れるものじゃない……心臓に悪い。
廊下の突き当りにエレベーターがある。ここは地下一階、冬吾が呼び出されているのは、地上一階である。地下一階から上行きの階段は設置されていないので、エレベーターを使うしかない。呼び出すと、ちょうど下から昇ってきていたところのようで、すぐに扉が開いた。
エレベーターの中には一人の女性がいた。まず目を引いたのは、その奇抜な服装だ。フリルの付いた白ブラウスに、レース入りの黒いコルセットスカート、編み上げのハイヒールブーツ……ゴシックな装いに身を包んだ女性は、まっすぐ良い姿勢で立っていた。
「あら、まぁ」
その女性は冬吾に気がつくと、奇遇だとも言いたげに微笑んだ。その年齢は冬吾と同じくらい、つまり二十歳前後に見える。肩までまっすぐ伸びた艶がかった黒い髪と、落ち着いた印象を与える理知的な眼の持ち主だった。
「たしか……ノラさん、でしたか?」
女性は冬吾に向かって問いかける。
「へ? ……ええ、そうですけど」
冬吾は記憶を探りながら、エレベーターの一階のボタンを押す。既に最上階である八階のボタンが光っていたので、この女性は八階へ向かっているようだ。
……やはり思い出せないので、素直に訊くことにした。
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